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子どものころ、涙がうまくコントロールできなかった。緊張しては涙が滲み、退屈なときになぜか一粒涙がこぼれた。床屋の古ぼけたいすに座った瞬間に涙が出てきて驚かれたこともあった。涙は規則性もなく出てきた。

今から思えば涙がコントロールできなかったのではなく、いろんな機能が身体の成長や気持ちの変化についていけてなかったのだと思う。

風に揺れる葉っぱを眺めていたらそんなことが思い浮かんだのは、やはり今でもいろんなことがうまく制御できていないのかもしれない。

長く生きていてもできないことはたくさんある。

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嵐が来るのよ、と彼女は言った。

天気予報にはそんなことは出ていない。僕がそう言うと、彼女はしばらく黙って僕の顔を眺めたあとに、あなた何もわかってないのねと言った。

たしかに僕は何もわかっていないのかもしれなかった。仕方なくビールを飲もうとしたが、グラスにはもう泡すらも残ってなかった。

雨上がりの日

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3日ほど雨が続いたあとに秋がやってきた。

まだぼんやりとしたかたちでゆらゆらと揺れていたけれど、それは間違いようもなく秋だった。

そうして僕の眠りは少しだけ深くなった。

 

偽物

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スターバックスでいつものようにドリップコーヒーを頼む。

アルバイトの女の子がこんなに暑くてもホットコーヒーなんですね、とにこやかに話しかけてくる。

アイスコーヒーは苦手で、と僕は答える。なんか偽物っぽくて。

そう言うと、女の子は少し戸惑って、偽物?と繰り返す。

うん、半袖のワイシャツとか、スリッパとかも。

僕がそう言うと、笑顔が少しだけ困ったような表情に変わる。

僕も曖昧に笑ってコーヒーを受け取る。

嫌いなものは、たいてい好きなものから何かが欠落したものだ。

熱や袖や踵や、無くていいよう気もするのにそれが無くなった途端に対極にあるものに変わってしまう。

好きとか嫌いってきっとそういうものだ。