2003-01-01から1年間の記事一覧

031222

仕事部屋の棚に瓶をならべ、順番に透明なシールを貼っていった。モカハラー、コナ、煎茶、ほうじ茶、そば茶、玄米茶、ウーロン茶、ジャスミン茶、昆布茶、ダージリン、オレンジペコ、ウバ、ココア…。いつもはほとんどつかわないミルクと砂糖も緑色の丸いコッ…

031219

明け方の夢の中で、僕はセーターをなくしてしまってひどく焦っていた。コットンで編まれた紺色の安いセーターだ。そんなものどこでだって買える。特に思い入れのあるものでもない。けれど、僕は必死で部屋中を探している。クローゼットの中からはセーターの…

031207

ときどき、買った古本のページからいろんなものが出てくることがあって、たとえばそれは暑中見舞いのリストだったり、高校の模擬試験の成績表だったり、あるいはよくわからない記号の羅列だったりする。そのたびに僕は本をページをめくるのをやめて、かつて…

カプチーノ、僕と彼女の場合

スターバックスコーヒーのカプチーノが好きで、いつもトールサイズを頼んで通りに面したカウンターの高い椅子に座っているのが彼女だった。耳にはウォークマンのイヤホンをさし、手元には文庫本が開かれている。白いプラスチックのカップに入ったカプチーノ…

030910

ヒースローに着いてみると乗り継ぐはずのエアリンガスは1時間遅れで、僕はひどく疲れてしまった。デイパックに入れておいた本は全て読みつくしてしまったし、座りっ放しだったせいで腰は痛く、胃は重く、口内炎はしくしく痛んだ。 ベンチに寝転がって少しう…

030831

右の親不知がまた少し頭を出して三日ほど頬が腫れた。海に行こうとした日には雨が降った。長くつまらない会議が何度も開かれたけれど、もちろん結論は何も出ない。溜まったビールの空き缶は二ダースと三本だった。ネクタイは二度締めて、上着は一度だけ着た…

030712

僕の前に座った外国人の男はしきりとイラク争の話をしている。隣に座った髪の短い女の子は興味を見せずにシナモンスティックをいじっている。店の中はタバコの煙と暇を持て余した人々の倦怠感に満ちていて僕はなんとなく疲れてしまい、森のことを考える。 小…

030601

なぜか出張に行くといつもひどく耳が痒くなって、僕はいつも空港やコンビニで耳かきを買うことになってしまう。歯ブラシや髭そりと一緒に耳かきを一本入れておこうと思うのだけれど、次の出張の時にはそんなことはきれいに忘れている。何度も買ったはずの耳…

「いやな風ね」と彼女は言った。たしかにいやな風だった。乾燥している割には妙に肌にからみついてきたし、第一風向きがまったくはっきりしなかった。風はあらゆる方向から吹いていた。右手の甲に空気が当たるのを感じたかと思うと、急に前髪が吹き上げられ…

030522

スタジオは少しばかり暑かった。リハーサルが終わったころには額に少し汗がにじんでいるのがわかった。「ちょっと押してるけど本番はそのままでも大丈夫でしょう」と入ってきたディレクターが言う。そして「しゃべりが滑らかになりますからね、少し時間が短…

030512

新しい髭剃りの刃をずっと切らしたまま、僕はすっかり鈍くなった剃刀で髭を剃り続けている。そのせいであごの先にはところどころに剃り残しや赤くポツポツとしたかぶれができてしまい、毎朝それを鏡で見ながら今日こそは新しい刃を買わなくちゃと思い、だけ…

図書館

門番は下を向き、僕は階段をのぼった。 二階の閲覧室に入ると、僕はいつも懐かしい気分になる。階段の最後の一段を上りきるたびに、ずっと小さなころからここをよく知っているような感じがした。いつもそうだ。初めてここに来たときからそうだった。古い本の…

030404

昔、といってもそんなに遠くない昔、僕はユートピアの存在をわりあいまじめに信じていた。将来、といってもいつになるのかよくわからない将来、そんな世界がやってくるんじゃないかと漠然と感じていた。時代遅れだとはわかっていたけれど、まあそれでもいい…

バッティングセンターの女

彼女はバッティング・センターで受付をしている。ビルの谷間にさえない緑色のネットを張った小さなバッティング・センターだ。今どき受付嬢のいるバッティング・センターなんて佐渡島のトキより希少なんじゃないかと思う。ネットは所々破れかけているし、客…

椋鳥法

最初に椋鳥のことを言い出したのはヤマモトさんだった。たぶん一万羽くらい集めれば何とかなるわよと彼女は言った。もちろん僕は反対したのだけれど、彼女は頑として譲らなかった。口の中でぶつぶつと何かを呟きながら黒板によくわからない数式とやけにくね…

荒野

二十四の春に僕は羅針盤を失った。それは唯一無二のものというわけではなかったし、なくなればすぐに僕の人生が変わってしまうという性格のものでもなかった。にも関わらず、それを失うことによって僕は少なからず混乱し、同じ場所をぐるぐると歩き回ってい…