2002-01-01から1年間の記事一覧

ウィンダミアの小道

ボウネスは美しい街だった。僕はメインストリートになっている緩やかにカーブした坂道を何度も行き来し、そのたびに横道に入り込みさらに枝分かれしている何本もの小道を見つけ足を踏み入れた。小道はたいてい誰かの家の裏庭に続いていたり、行き止まりにな…

021004

向いのビルの9階にはスポーツ・クラブが入っていて、僕が泊まった部屋からはそれがよく見えた。僕は天井のライトを消してベッドサイドの小さな照明をひとつ点けていただけだったし、向こうはたくさんの蛍光灯で白く眩しく輝いていた。まるで運命のいたずら…

020903

滅び去り打ち捨てられたものを見てみたいと思う。廃墟の上を通り過ぎる風の音を聴き、遺されたものをやさしく覆う草の匂いをかいでみたいと思う。そうして旅人はいつだって西へ向かう。

020811

暗闇の中で目をさましたとき彼女は泣いていた。 僕はまだ覚醒しきってはいなかったし波の音は規則正しく続いていたから、押し殺したようなしゃくりあげる音がなければ彼女が泣いていることにはたぶん気づかなかった。 僕は目を開けたまま暗闇の中でじっとし…

020701

僕は窓際の席に座っていたから木の枝が揺れるのがよく見えた。枝々は決して一様に動いているわけではなく、一斉に一方向にたなびいたかと思うと次の瞬間には互い違いの方向を向いた。一枚一枚の葉は独立した動きを見せていて、より複雑なパターンをいくつも…

020629

午前中の涼しげな木漏れ日の下で女の子が男の子の髪の毛を切っているのを見かけた。隣のベンチの上ではノラ猫が昼寝をしていた。その男の子とノラ猫のどちらになりたいかと訊ねられれば、ちょっと困ってしまう。なんてことをミルクシェイクを飲みながらしば…

ジョンとポール

ストロベリー・フィールズの真ん中には小さな食堂がある、と彼は言う。だってストロベリー・フィールズには誰も住んでないんだろう、と僕が問うと、だってペニー・レインにだって床屋があるんだろう、と彼は問い返す。もちろんペニー・レインには床屋がある…

020403

夜明けにひどく雷が鳴り、僕は目を覚ました。ベッドにもぐったまま雷が鳴るのを聞いた。カーテンの隙間からは薄暗い白っぽい光が漏れていたが、稲妻が光っているかどうかはわからなかった。雨が降っているかどうかもわからなかった。少なくとも雨音は聞こえ…

020330

ポケットに入ったコインをもてあそびながら信号待ちをしている僕の足もとでアスファルトから伸びたタンポポが小さく揺れている。春の空気は僕の黄色いパーカーの中にも入り込み、けだるさと不安さを醸成させる。 僕の5メートルばかり上空に浮かんでいる春は…

020122

送られてきた絵はがきはシャガールのサーカスだった。 丸い舞台の上で三人の軽業師が自転車に乗っている。ひとりは自転車を操り、ひとりはサドルの上に立ち、そしもうひとりは二人目の頭の上で逆立ちをしている。サーカスのテントは青い闇に包まれていて、た…

020115

朝、目が覚めてみると街は霧に包まれていた。それは本当に濃い霧で、道を挟んだ向かい側のマンションの壁は乳白色のぼんやりとした光に覆われてまったく見えず、ただ窓の位置だけが黒いシルエットとしてほのかに浮かび上がっている。空気は冷んやりと湿って…

020103

刑事がやってきたとき、壁にかけられたスペインタイル製の時計はちょうど12時をさしていた。僕はその青とオレンジのモザイクタイルをぼんやりと眺めながら、スパゲティのことを考えていた。冷蔵庫にはしめじが残っているはずで、トマトの缶詰を開けて煮込む…