2005-01-01から1年間の記事一覧

南からの手紙

あさって砂浜にツリーを立てに行きます。鉢に植えられた樅の木はちょっとびっくりするくらい大きくて、夜が明ける前に海まで運べるか少し心配です。夏のクリスマスなんて、とあなたは言うかもしれません。最初の年はわたしもそう思いました。クリスマスとい…

帰館

狐狩りから帰ってくると必ず暖かいミルクを飲むのが彼の習慣だった。緯度の高いこの土地では秋の夕暮れは早く、陽光は3時にはその輝きを失い始める。午後の光が透明度を失うにつれオレンジ色が勢いを増し、やがてそのオレンジも紫がかった闇に取って代わられ…

オリーブの種は転がり続ける

オリーブの種が転がり、部屋に夕暮れがやってきた。僕は相変わらず床に寝転がったままだ。フローリングの床は既に冷たく、ついさっきまで食べ散らかされたシナモンドーナツのように部屋のところどころに転がっていた11月の日曜日の午後の名残りは、もうどこ…

人生、または夜中の冷蔵庫について

「ときどき人生について考えるんだ」という彼の言葉は僕に夜中の冷蔵庫を連想させた。夜更けの台所はいつだってしんとしている。どこかの部屋で水を流す音がパイプを伝わってやってくる。素足に触れる床は冷たい。明かりはついていないけれど、真っ暗という…

土曜の午後の紅茶

「僕は土曜日の午後の紅茶が一番好きだな。透き通ってるから」 「透き通ってる?なにが?」 「色も味も香りも。空気も音も、なにもかもさ。そうは思わない?」 「少しだけわかるような気はする」 「少しだけ?」 「そう、少しだけ。だって私はあなたじゃない…

旅の始まり、その前

日付が変わったころに守衛がやってきて僕の部屋のドアを叩いた。彼は不思議そうな恐縮したような顔で、電気の消し忘れかと思いまして、と言った。僕は礼を言い、またパソコンに向かった。夜中に締め切りの過ぎた原稿を書いていると、世界中の人間を敵にまわ…

彼の世界

手紙がポトンとポストに投げ込まれたとき、彼は庭で芝生に水を撒いていた。電話のベルがリンリンと鳴ったときには、ヘッドホンを耳に当てて古いLPレコードを聴いていた。ドアノッカーがカンカンと音を立てたときには、シャワーを浴びていた。そういうわけ…

戸惑う雌鶏

緩やかな上り坂になっている小道の曲がり角で、僕は「ニャーゴォ、ミャーゴォ」と叫びながらきょろきょろとあたりを見まわしている女の子に出逢った。僕を見つけると、彼女は「雌鶏見ませんでした?」と言った。「雌鶏?にわとり?」と訊き返すと、彼女はこ…

020505

降りつづいた雨はようやく止んだ。僕はこの何日間か雨の音を聞きながらいくつもの段ボール箱を開け、埃を払い、本を並べ、スピーカーをつなぎ、机を動かしては位置を確かめ、そしてスパゲティを茹で続けてた。太陽の光もきれいな風も久しぶりだった。 部屋の…

鳥雲

鳥雲というのは鳥のかたちをした雲のことだと長い間思い込んでいた。だけどそうではなく、実際は雲の姿をした鳥のことをいうのだ。僕がそのことに気づいたのは昨日の午後のことだった。たまたま窓の外を覗いたときに、鳥雲は空から嘴を伸ばして海の水を飲ん…

050328

僕はビールを飲みながら夜の遊園地のことを考える。すべての遊具は止まり、死んでしまったように動かない。ときどき風が吹いて木々を揺らす以外に、音を立てるものはない。夜の遊園地ではコウモリさえ眠っている。それでも、やがて朝が来る。太陽の光が少し…

糸電話的カオス

木に登って3日目に紙コップと釣り糸で糸電話を作って下に垂らしてみたけれど、それはもちろん誰ともつながってなくて、けっきょく僕は一言も発することなくそれを頭の上の枝に掛けて眠った。夢の中には女の子が出てきて、寝坊した穴グマの行く先を僕に訊ね…

寝坊した穴グマ

寝坊した穴グマが僕のところにやってきて、ちりとりを貸して欲しいと言った。ちりとりなら貸してもいいけど寝坊するのはよくないことだと僕が言うと、彼はまったく面目ないと頭を掻いた。その姿はものすごく反省しているように見えたので、僕は話題を変えて…

050117

三日前にその人は死んだ。連絡が来たとき僕はまだ仕事中で、ばたばたといろんなことを片づけなければならなかった。部屋を出ると、外は雨だった。 それから二日の間に通夜だとか葬式だとか火葬だとか挨拶だとか、そういうことがすべてすまされた。僕はその間…