2008-01-01から1年間の記事一覧

はじまり

「短すぎるフライトっていうのも疲れるものなのよ」と彼女は言った。僕はあいまいに頷いた。 航空会社の機内誌に地方の土産物を紹介する半ページの短い記事を書くために、僕は月に一度会社から紹介されたスチュワーデスに話を聞いた。事前に聞いておいた名物…

081201

できることならば灯台の近くで暮したいと思う。夜、暗闇の中で目をさます。喉は渇いていないし、トイレに行きたいわけでもない。朝はまだ遠い。意識は奇妙にはっきりしている。波の音が聞こえる。波の音しか聞こえない。僕はベッドに入ったまま灯台のことを…

081124

この7、8年ずっと飲んでいたモカハラーの入荷が取りやめになったそうで、僕は少しばかり途方に暮れる。 仕方なく、代わりに入ってきたというモカを一種類買ってはみたけれど、ちょっとしつこすぎる感じがして、どうにも気に入らない。固まったことを壊すの…

081123

一年で一番好きな11月。 彼女はあの時そう言った。

081116

左に薪を積み上げ、右に本を重ね、ストーブに向かって腰掛けながら3日を過ごす。 ときどきウィスキーを舐めながら、本を読む。 酔えば、そのまま横になる。 そんな自堕落な時間が過ぎていく。

081113

髪を切ってもらいながら考えることはいつも同じだ。むかしのこと。これから起きることを考えることは、ない。なぜだかわからない。過去との決別のひとつの表象として髪を切るという行動があるとしても、それは結局のところ繰り返し過去に思いを馳せることと…

オリーブラジオ

オリーブラジオは町外れの三階建ての古い雑居ビルの中にひっそりと存在している。最上階の角部屋の南と東の窓からは明るく陽が差し込み、緩やかに曲線を描く高い天井は心地よい空間をつくっている。色あせた壁紙の一部は端が浮いて剥がれそうになっている。…

081013

用事があって出かけた港町についたころにはもう夕暮れが近づいていて、空一面に広がった鰯雲に色がつきはじめていた。 僕は少しばかり心配事があって、どうにも気分がすぐれず、岸壁に座ってしばらく空や海をぼうっと眺めていた。

081009

遊ぶ小舟

水映

製銅所は小川のすぐ脇にあった。小屋の外側には小さな水車が取りつけられていて一日中ゴトゴトと音をたてていた。むかしは動力に使われていたであろうその水車は今ではどこにもつながっておらず、水の流れにしたがってただひとりで回り続けている。 製銅所か…

ナザレの海

今でもときどきすべてを捨てて逃げ出したくなる。

080923

080921

明け方にひどい雨の音で目がさめた。 そういうときはいつもそのあとうまく眠れない。 そう思いながらいつの間にか眠っていて決まって寝坊する。 もちろん今日もそうだった。

080920

チーズケーキをホールごと買ってきてそのままフォークを突き刺して食べる。 背徳的幸福。

080918

女房に怒られでもしたのか、肩を縮こまらせる男。 その縮こまりかたは、相当年季が入っている。

080916

歩き疲れたところに小さな美術館に出くわして、何も考えずに入場料を払った。 平日の夕方、客は僕しかいない。 しばらくデッキのいすに座って汗が引くのを待った。 気がつけば草むらには猫が一匹気持ちよさそうに寝そべっていて、ときどき四肢を突っ張って寝…

080913

構図が狂ってるとかそういうことを問題にしないところがよい。

cafes

小さなカップに入ってくるコーヒーに砂糖を一袋入れる。ぺらぺらのアルミのスプーンで何度かき回しても、砂糖は溶けきらずにカップの底に残ってしまう。 濃くて苦くて甘いコーヒーは、ひどく暑い夏によく合った。

080807

ハードディスクの奥から古いmp3のデータが出てきて、昔のことを思い出す。たぶん夏の午後だったと思う。 僕はレンタルショップから借りてきたCDを聴きながらぼんやりしていた。 電話が鳴って、彼女は言った。「何してるの?」 「CD借りてきたから聴きな…

残されたもの

その友人が僕に残したのは一坪ほどの土地だった。なぜそんなものを僕にくれたのかわからないし、そもそも彼が土地なんかを所有していた理由もわからない。彼の代理人だという男がやってきて、僕は言われるままに小さな字でよくわからないことが書いてある書…

080721

僕には熱すぎる場所だった。

080720

そろそろ準備に取りかからなければと思うものの、暑すぎて何もしないまま日は過ぎていく。 結局古本屋に行って、また読んでない本のストックを増やしてしまっただけの一日だった。

物語が始まる前の物語

修道院の屋根裏に住み着いた鳩が三つの卵を産んだちょうどその時、町外れを流れる川の畔で彼女は白詰草で編んだ首飾りを完成させたところだった。彼はそこから2000キロばかり離れた小さな日当たりの悪いホテルの一室でベッドに入って眠りにつこうとしていた…

080505

変化していくもの。

080411

潮風に吹かれ続けた草はどんな味がするだろう。

080409

ずっと待ちわびているメールがある。 それは届かない。 届けたいと思っているメールもある。 それはまだ出せない。 たぶんまだ時期が来てないんだろう。

080407

歩くスピードでしか見えないものがある。

誰もが自分の人生を語りたがった

誰もが自分の人生を語りたがった。ある者はいかに自分が不幸であったのかを涙を流しながら説明し、ある者は一昼夜にわたってただひたすら自慢を続けた。多かれ少なかれ、誰もが語るべきことを抱えていた。途中で声が出なくなり、それでもなお筆談に頼って語…

080402

アイルランドの店の壁にはこんな絵がよく描いてある。どうにも仕事が進まなくて、僕は関係ないことにばかり時間をかけている。 部屋に掃除機をかけ、洗面台を磨き、部屋中のアイビーの水を換え、コーヒーミルの掃除をし、そしてもらった小さなジグソーパズル…

僕らのジューシーフルーツガム・フィーバー

「ポケットにはいつもジューシーフルーツガム」というのが、その冬の僕らの合い言葉だった。誰もが暇さえあれば竸い合うようにしてジューシーフルーツガムを噛んだ。歩いている時も、プールで泳いでいる時も、授業中も、ガムなしではいられなかった。ある者…