2014-01-01から1年間の記事一覧

海と。

海の見えるカフェでアイスティーを飲む。ひどく開放される。そんなことが前回いつだったか思いだせない。そういう僕に彼女は言った。いいと思うよ。そういうのはときどきあれば。晴れた五月の海岸に行けたら。

葬儀と太陽

教会/パリ5月の土曜日にふさわしい明るい日差しが新緑を照らしている午後に、僕は鏡を見ながら黒いネクタイを締めている。さっきまで黒い靴下が見つからずに引き出しをひっくり返していたせいで、時間の余裕はなくなっている。だけどネクタイはうまく結べず…

シーザーサラダの夜

パブ/アイルランド 仕事が終わったのは夜の十時で、僕は少し疲れていた。 エレベーターを降り、通りに出てみると、街には信じられないほどに人が溢れていて、食事をしようと覗いた店はどこもいっぱいだった。 仕方なく入ったホテルのバーも喫煙席しか空いて…

花を買う

カフェ/パリバスを降りたところでふと思い立って花屋に入る。 花屋の店頭には小さな水槽が置かれていて、ウーパールーパーが一匹浮かんでいた。ウーパールーパー? それはなんだか人類が登場する前に滅んでしまった生き物のように思えて、僕は一瞬頭が混乱…

眠り

羊/アイルランド 酔って帰ってソファで眠る。うとうとしては目が覚め、そしてまた眠る。 夜中に目を覚まし、さっきまで見た夢を思い出そうとするがそれはもうどこかに消えてしまっている。ひどくしあわせな、それでいてさみしい夢だったようなかんじだけが…

魔法

蝋燭/パリ 昨日使えた魔法が今日はもう使えない。 電池切れのおもちゃみたいな僕の魔法。

卒業式

かもめ/フィンランド 読んでいた本からふと目を上げると、小さな花束を持った高校生が立っていた。電車の揺れにあわせて、かすみ草が小さく震えていた。僕の背後から差し込んでいる午後の光の中で、それはとてもきれいに見えた。 もう卒業式の時期なんだ。…

無題

墓地/アイルランド ひどく雨が降る夜 雨粒が奏でる音は複雑で 何種類を聞き分けられるか 耳を澄ませてみたりする そんな夜に 僕には電話をかける相手すらいない

ある夜の出来事

断崖/アイルランド満月の隣で火星が小さく赤く輝いている。それをぼんやり眺めている時に「ねえ、月と火星とどっちになりたい?」なんて急に訊かれたら、どぎまぎしてしまう。

月とワイン

スーパーでワインを一本買って、月の下をぶらぶら歩く。

僕の土曜日夕方5時

ストーンサークル/アイルランド 例えば土曜日の夕方にFMを流しっぱなしにした部屋で、ひとりでベッドに寝ころび、たまにサイドテーブルに置いたアイスティなんかを飲みながら、読んでも読んでも終わりそうにないほど長い小説を読んだりするのがたまらなく好…

薄闇のなかで

夕方に少し眠る。 薄闇の中で目を覚まし、目に入るものに現実感が伴わないまましばらくぼんやりする。色彩が失われたモノクロームの世界で暖かさだけが感じられる。 暖かさのなかで、また少しうとうとする。再び起きても、世界がここで完結しているような気…

最近の僕の生活

塔と像/パリ時間が経つのが早いのか遅いのかよくわからない日々がくるくる回る。

満たされる

月と木星が輝く夜に海辺を歩き、新緑の午後に椿の森を歩く。頭上には散りかけの桜が舞い、足下にはリンドウの青い花。すべてが満たされていく。

明日

遊ぶ子ども/アイルランド僕は語るべき言葉を持っていない。想いをうまく伝えられなくて、夜空に月を探したりする。いつだって現実感のない世界で生きてきた。見つけたと思ったものはするりとすり抜けていくけれど、それすらリアリティを失っている。それで…

電話と雨と月と

暮れゆく川面/ベルギー 電話がぷつりと切れて、その瞬間に雨粒が落ちてきた。 いくらなんでもタイミングが良すぎるだろうと思い、同時にそんなのんきなことを感じる自分に少し驚く。 家に帰り着くころには雨足は強まっていて、僕はずぶ濡れになる。風が強く…

大人になるということ

夕暮れ/アイルランド 買ったばかりのネクタイを結ぼうとしてうまくいかず、何度もやり直す。 相変わらずネクタイは苦手だ。鏡の中に写った姿は僕ではないみたいだ。薄い薄い仮面をかぶった偽物の僕がそこにいる。誰も偽物だとは気がつかないほどよく似てい…

変わる空とか

ドア/アイルランド雲がすごい速さで流れて行った。そのあとにはまるで偽物みたいな色をしたきれいな青空が顔を見せた。そうかと思うと、青空から霰が落ちてきたりする。風は相変わらず強く、雲と晴れ間がめまぐるしく入れ替わった。まるで子犬が追いかけっ…

TVニュース

ダムに沈むことになっている村には、今ではもう6つの家しかありません。テレビがそんなことを言う。村には樹齢130年の楠の木があります。僕は紅茶を啜る。トーストを囓る。目玉焼きをつつく。少し塩気が足りないので、小瓶をとってパラパラと振りかける。楠…

夜の自転車

港町/アイルランド自転車に乗るの自体久しぶりだし、ましてや二人乗りなんてずっと遠い昔の記憶しかない。たぶん白亜紀くらい遠い昔だ。あと1時間と少しで日付が変わるころ。空には薄い月が輝いていた。闇は黒い絹でできたように柔らかかった。夜風はどこま…

桜の季節、そして

夕暮れ、女の子が言った。花が開くように、優しく、そっと、ゆっくり、恋しよう。見上げると、満開の桜の向こうにくっきりした飛行機雲ができつつあった。正真正銘の春だった。

時間

教会/アイルランド 2時間ほどで僕のねむりはぷつんと途切れた。 それからどうやっても眠気は戻ってこなかった。 まただ、と僕は思う。また鼻の長い象がこっそりと僕の眠りを奪い去っていってしまった。 起きて何かを始めるべき朝にはまだ遠かった。しかし…

ずっとパソコンと向き合っていてひどく肩が凝る。 降り続いていた雨が夕方前にあがり、新鮮な空気を吸いに外に出る。 街のあちこちに桜が咲いていて、上ばかり見て歩く。 雨があがったばかりの空気はしっとりと澄んでいて、少しだけ気持ちが和らぐ。 夕暮れ…

動物園に降る雨

パブ/アイルランド 動物園なんて十数年ぶりだった。ましてや雨の降る日に動物園を訪れるのはたぶん生まれて初めてだ。 雨の日に動物たちはそれぞれに過ごしていた。ゾウは泥遊びをし、キリンは直立不動の姿を保っていた。トラは雨など降っていないように優…

春の電話

街角の花/アイルランドひどい夢を繰り返し見て目が覚める。そのせいか、体はセメントの中に埋められたように固まっている。まるで自由がきかず、カーテンの隙間から漏れる光が溶かしてくれるのを待っている。ようやくベッドから起き上がる。その瞬間に電話…

匂い

草原/アイルランド 4時までウィスキーを飲んでいたせいで、朝の光を浴びても僕の頭はぼんやりしていた。 紅茶を入れながら昨日のことを思い出そうとしたけれど、僕の記憶は橋の架かっていない島々のようなものだった。 椅子に掛けた上着がずり落ちそうにな…

耳のなかの骨

夕暮れ/パリ レントゲン技師は、あなたの右耳の奥に少しばかり奇妙な形をした骨があると言うのだった。あなたひまわりの種をたくさん食べませんでしたか、と彼は言った。僕はそんなものを口にした憶えはないので、食べないと答えた。彼は、おかしいなと首を…

雨の降る夜に

難破船/アイルランド 雨の音で目を覚ます。 意識がはっきりするにつれて、ベランダを叩く雨音と車が水たまりをはねる音が はっきりと聞こえてくる。 起き上がってキッチンに行き、お茶をグラスに注いで、ベッドに戻る。時計を見ると1時半だった。もう一度…

読む

川沿いの街/アイルランド やるべき仕事が溜まっているのに、新しい本や雑誌を買ってきて読みふける。かかってくる電話はすべて無視してページをめくる。 ときどき体のどこかがちくりと痛むけれど、それにも気づかないふりをする。 本を読んでいる間に世界が…

髪を切る

ヒース/アイルランド 彼女は僕にハサミを手渡すとくるりとうしろを向いた。 そして束ねた髪を押さえて、「このへんで」と言った。 このへんで?と僕が繰り返すと、「うん、このへんで切って」と言った。 僕はハサミを持ったまま少しぼんやりとする。切る?…