記憶


あの冬はひどく寒かったことをおぼえている。
車の中もひどく寒かった。
空港で、僕は壁際の出っ張りに腰掛け文庫本を開いていたけれど、目は活字を追うばかりで実際にはほとんど何も頭に入ってこなかった。
彼女はグレーのフード付きのコートを着て現れた。
コートっていうからもっとしっかりした生地のかっちりしたものを想像していたのに、スウェットのようななんだかふわふわした生地で、そんなんじゃ寒いだろうと思ったのをおぼえている。
でも腕に飛び込んできた彼女の体は温かかった。
それから冷えた車に乗り込んで、高速を走った。
 
海を見に行ったのは次の日だったか。
がらんとしたレストランで食事をした。
彼女は僕の向かいに座ってオムライスをほおばった。
いかにも観光地のオムライスのようなオムライスで、それでも彼女はおいしそうに食べていた。
なぜかそんな細かいことばかりおぼえている。
彼女はあの時の海をおぼえているだろうか。
海の色は今も変わらない。
 
今でも僕は彼女のことをときどき思い出す。
満月の夜に、月を見る。