アイスクリーム売り

 大学の掲示板でアイスクリーム売りのアルバイトを見つけたのは昨日のことだ。とっくに夏休みが始まっていて、割の良さそうなバイトにはどれも決定済みの赤いスタンプが押してあった。僕は掲示板を右上から順番に丁寧に眺めていき、左下まで来ると、そのまま逆の順番でもう一度眺めた。そして、僕はアイスクリーム売りを見つけた。給料の点で言えばもっといい仕事があったが、できることなら一人でやれる仕事がよかった。それに備考の欄に書いてあった「麦わら帽子支給」という言葉が、僕にはとても魅力的に見えた。
 子供の頃は、夏になると麦わら帽子をかぶっていた。つばが広くて、てっぺんが丸く編んであるシンプルな帽子だった。母親がデパートの特売で買ってきた帽子だったが、まるで僕のためにあつらえたようにぴったりしていた。だけど10歳の夏休みに家族で出かけた渓谷で、僕は麦わら帽子を風に飛ばされた。帽子は一度高く舞い上がり、川の中央まで来るとまるで誰かが手を離したようにポトンと落ちた。突然の出来事でみんな呆気にとられていたが、僕のきょとんとした表情がおかしかったのか、一呼吸おいて急に笑い出した。まず父が笑い、母が笑った。そして兄が続いて笑い出した。僕だけが笑わなかった。ただ流れていく帽子をずっと見ていた。悲しいようなおかしいような複雑な気持ちで、どんな表情をしていいのかよくわからなかったのだ。それ以来、僕は麦わら帽子をかぶっていない。そしてよく考えれば、家族がそろって出かけたのもそのときが最後だった。

 求人票に載っている電話番号を書き写して近くのボックスから電話をかけると、その場ですぐに採用が決まった。「明日の9時に来てください」中年の男は丁寧にそう言って電話を切った。電話ボックスの外では蝉がうるさく鳴いていた。
 僕は7時半に目を覚まし、やかんをコンロにかけ、顔を洗い、歯を磨き、髭を剃った。アイスクリーム売りとしての朝は、いつもと全く同じ朝だった。朝食代わりに3枚のビスケットを食べ、コーヒーを2杯飲んだ。それから僕はアイスクリームのことを考えた。
 僕も兄もアイスクリームが大好きだった。兄のお気に入りはストロベリーで、僕が好きなのはチョコレートだった。僕はストロベリーの人工的な匂いが嫌いで、兄はチョコレートを子供の食べ物だと思っていた。二人ともまだ小学生だった頃の話だ。