030522

 スタジオは少しばかり暑かった。リハーサルが終わったころには額に少し汗がにじんでいるのがわかった。「ちょっと押してるけど本番はそのままでも大丈夫でしょう」と入ってきたディレクターが言う。そして「しゃべりが滑らかになりますからね、少し時間が短くなるんですよ」と付け加えた。そんなものかなと思う。けど台本があるわけでもないし、同じことをもう一度繰り返せといわれてもそれは無理なことだ。

 僕はライトの下を離れ、パイプイスに座った。誰もいなくなったセットは相変わらずまばゆい光に照らされているけれど、それは何となくもの悲しい光景のように思えた。

 セットの正面と左右の壁にはそれぞれ大きな時計が掛けてあった。小学校の体育館にあるような飾り気のないただ見やすさだけを追求した白くて丸い時計だ。三つとも秒針まできっちりと同じ時間を指していることを確認するまで、僕は何度も首を左右に動かす必要があった。右の壁の時計と正面の時計を見比べ、正面の時計の針と左の時計の針の位置を確認する。再び右の壁に視線を戻すと、秒針が微妙にずれているように感じられて、もう一度最初からやり直さなければならなかった。何度目かにやっと合っているのを確認したころには、百人の子供を相手に鬼ごっこをしたような気分になっていた。

 やがて本番が始まり、一度取り直しをしたものの、さしあたり大きな問題もなく収録は終わった。少しばかり最後のシーンがバタバタになってしまったけれど、それは僕が途中でちょっとしゃべりすぎてしまったせいだ。さっき時計と追いかけっこをしたからかもしれない。

 取り終わったVTRを全員で一通りチェックすると、それですべてが終わった。画面に映っている僕の姿はよくできた偽物みたいだったし、僕の声は石鹸でも飲み込んだような代物だった。よく考えてみれば、自分のことを外側から観察することなどできない。三つの時計を同時に見ることができないのと同じことなのだ。