ウィンダミアの小道

 ボウネスは美しい街だった。僕はメインストリートになっている緩やかにカーブした坂道を何度も行き来し、そのたびに横道に入り込みさらに枝分かれしている何本もの小道を見つけ足を踏み入れた。小道はたいてい誰かの家の裏庭に続いていたり、行き止まりになったりしていた。見たことのない形の雲が見たことのない層をつくってよく晴れた空に浮かんでいたり、平たい石を幾層にも重ねた塀の上では白と黒のぶち猫が昼寝をしていたり、小道を歩くたびに小さな発見をして僕はひとりで喜んでいた。小道はときどき思いがけない場所に繋がっていたりして、それも楽しかった。偶然見つけたフィッシュ・アンド・チップス屋の店先に二つだけ並べられたテーブルでは老夫婦が頬を寄せ合って話し込んでいた。足元には犬が寝そべっていて、与えられた魚のかけらの匂いをしきりに嗅いでいたが口にしようとはしなかった。立ってフィッシュ・アンド・チップスを頬張りながらそれを眺めていた僕に老人は言った。こいつはビネガーが嫌いなんだよ。うまいのにな。うまいだろ?ここのは世界一うまいんだよ。ほら、トーレス、こっちはビネガーがかかってないぞ。こいつすごく年寄りでな、もうすぐ十七歳になる。わしと同じくらい年寄りさ。ほら、トーレス。トーレスと呼ばれた犬は相変わらず寝そべったまま匂いを嗅いでいるだけだったけど、老夫婦もトーレスも幸せそうだった。もちろん僕も幸せだった。