君に頼みがあるんだ

 君に頼みがあるんだ。大したことじゃない。リンゴをひとつ食べて欲しい。赤くてキュッとひきしまってるやつを。青いやつはだめだぜ。赤くないリンゴはリンゴじゃない。そうだな、きれいに晴れてる日にして欲しい。木の枝にとまった小鳥がさえずってくれてればもっといいんだけれど、そこまで贅沢は言わないさ。ナイフなんかつかっちゃだめだぜ。そのまま囓って欲しい。そう、丸ごとだ。昔アメリカの漫画で見たように芯の部分だけきれいに残してさ。子供のころ何度もやってみたけど、あんなふうにはならなかったな。残った芯はそのまま芝生の上に捨ててくれ。運が良ければそのまま土に帰ってくれるはずだ。多分土は柔らかいし、水も栄養分もたっぷりあるから大丈夫だと思う。小鳥たちが食べてしまうかもしれないが、それはそれで仕方がないさ。もしさらに運が良ければ、やがて芽が出るだろう。そして何年か経ってリンゴがなるんだ。もちろんこれも運が良ければの話だ。一度ゆっくりとリンゴの木の下で眠りたかったのさ。それじゃよろしく頼む。僕は土の中で待っている。