シーザーサラダの夜

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仕事が終わったのは夜の十時で、僕は少し疲れていた。
エレベーターを降り、通りに出てみると、街には信じられないほどに人が溢れていて、食事をしようと覗いた店はどこもいっぱいだった。
仕方なく入ったホテルのバーも喫煙席しか空いておらず、諦めてカウンターに座る。
隣の席では中年の白人の男がやたらと煙草をふかしながら若い女の子を口説いていた。ちょっとびっくりするほど派手なチェックのシャツを着た男だった。うしろでは若いサラリーマンが上司だか同僚だかの悪口を言いながら大きな声で笑っている。
やれやれと僕は思う。世界は僕だけを残してきちんと回っているようだった。
ひとり世界から切り離された僕は黙ってビールを飲む。二口ほど飲むと少し現実感が戻ってきた気がした。
僕はぼんやりとビールを飲みながら、この街のどこかで他の男と酒を飲んでいるはずの彼女のことを思ったりする。
ふと目を上げると正面には鏡があり、フォークでシーザーサラダをつつく冴えない男が映っていた。それが自分だと気づくまでに少し時間がかかる。
なんだかすべてのものから少しだけ取り残されているような気がした。しかし、それはそう悪い気分ではなかった。
今日はそんな夜だった。