口癖

 きれいだようというのが口癖なのである。ヤマモトさんのことだ。道を歩きながらしょっちゅうきれいだようと呟いている。なにがそんなにきれいなのかと覗き込んだら、蟻が列をつくっている。蟻の背中が日差しのなかで光っているのがきれいなんだそうだ。こないだは蚊帳の中からきれいだようと言うので、同じように蚊帳の中に入り布団に横たわってぐるりと首を回してみたけれど何も見あたらない。なにがきれいなのか訊いてみると、蝉の声がきれいだというのである。たしかに蝉が鳴いている。ふうん蝉は夜も鳴くんだなとへんに感心していると、夜の蝉の声はきれいだようとまた言う。昼の声とは違うのかと訊ねてみると、ヤマモトさんはしばらく考え込んだあとで、やっぱり夜の方がきれいだようと言うのだった。