砂漠の電話

 砂漠には電話がある。それは砂漠を二つに分断する北に延びる道路に置かれている。まわりには何もない。ただ黄ばんだプラスチックの覆いがついた黒い電話がひとつあるだけだ。どうしてそんなところに電話が置かれているのか、誰も知らない。そもそもこの道を通るのは長距離トラックか都市と都市をつなぐ定期バスだけで、こんな所で停まるものは誰もいない。もちろん受話器を取り上げて、電話をかけようとするものもいない。だけど、その電話は時々リンリンと音をたてた。その音はトラックの轟音にかき消され、砂嵐に隠され、誰の耳にも届かない。それでも電話はリンリンと鳴り続ける。誰かが砂漠に電話をかける。リンリン。誰も出ない。リンリン。ベルは鳴り続ける。リンリン、リンリン。
 僕が自己紹介をしている間に、彼女は自分の爪を眺め、ハンカチの四隅を揃えて畳み直し、そしてまた爪を眺めた。世の中には、誰の耳にも届かない話というものが存在する。砂漠にかかってきた電話みたいに。