はじまり


 「短すぎるフライトっていうのも疲れるものなのよ」と彼女は言った。僕はあいまいに頷いた。
 航空会社の機内誌に地方の土産物を紹介する半ページの短い記事を書くために、僕は月に一度会社から紹介されたスチュワーデスに話を聞いた。事前に聞いておいた名物を取り寄せておき、それを前においてインタビューを行う。何枚か写真を撮り、まんじゅうやクッキーを食べてもらい、感想をしゃべらせる。実際のところ話の内容は何でもよかった。それはただのとっかかりにすぎないのだ。「スチュワーデスおすすめの」という付加価値を付け足すためのペンキ塗り的作業だ。インタビューの内容は適当に切り詰められ、誇張され、創作される。ひどいときにはあとから土産物が入れ替わることもある。僕は記事を字数内にまとめ、写真を選び、レイアウトをする。同じことが来月も再来月も繰り返される。僕が辞めれば誰かが穴埋めをする。連載が終了すれば、別のコーナーが同じプロセスで連載される。自動車工場のベルトコンベアと同じだ。何十年も前にフォードとテイラーが発案し、僕はそれにしたがってねじを回す。コキコキ。そうやって資本主義は発展し、僕はささやかな生活の糧を得る。
 彼女は僕より三つほど歳上で、12年間飛行機に乗り続けているベテランのスチュワーデスだった。そんなに長い時間を空の上で過ごすということがどういうことなのか、僕にはうまく想像できなかった。
 「忙しいとか慌ただしいとかそういうことじゃなくてもっと根元的な問題だという気がするのね」
彼女は腕を組み僕のうしろの壁を見つめながら言った。
 僕は振り返ってみた。そこにはごく普通のボーダーの壁紙が貼られているだけだった。ポスターも絵も染みすらもない、ただの壁だった。
 彼女は僕の視線に気づいて「ごめんなさい」と言った。「癖なのよ。物事を考えるときに何かをじっと見つめてしまう。子供のころよく注意されたわ」
 僕は再びあいまいに頷いき、「気圧、とかではないんですか?」と訊いた。
 彼女はしばらく灰皿を睨みつけてから、「たぶん、違うと思う」と言った。
 「時間感覚と距離感覚のずれ」と僕は言った。
 彼女は黙って首を横に振った。
 「足の下に地面がない不安」
 「まさか」と彼女は笑った。「だったらとっくにスチュワーデスなんか辞めてるわ」
 まったくその通りだと思った。僕はなにを言っているんだろう。