080807

ハードディスクの奥から古いmp3のデータが出てきて、昔のことを思い出す。

たぶん夏の午後だったと思う。
僕はレンタルショップから借りてきたCDを聴きながらぼんやりしていた。
電話が鳴って、彼女は言った。「何してるの?」
「CD借りてきたから聴きながら、ぼーっとしてた」
「ふーん、誰の?」
僕は女性シンガーの名前とアルバムのタイトルを彼女に伝えた。
「どう?良い?」と彼女は訊ねた。

彼女はいつも「いい」とは言わず、「よい」と言った。
「この歌、よいんだよ」とか、そんなふうに。

僕は「うーん、なんだかいまひとつ。まだあんまり聞いてないからわかんないけど」と答えた。
「ふーん」と彼女は言った。
「好きなのは2曲くらいかな」と言う僕に、彼女は「どれ?」と訊いた。
僕がジャケットを見ながら曲名を伝えると彼女はまた「ふーん」と言った。
前の「ふーん」とは少し感じが違う「ふーん」だった。
「ふーん。……それあたしがお手伝いした曲」続けてそう言った。
「え?」と僕は言った。「歌詞?」
「あたりまえじゃん。作曲なんてできないもん」と彼女は言った。
「これ君が書いたの?」と僕は訊いた。
「言えない」と彼女は言った。
「お手伝いしたって言ったじゃない」と僕は言った。
「でも、言えない。業界のルール」と彼女は答えた。
今度は僕が「ふーん」と言った。
「良い?」と彼女が訊いた。
「良いよ」と僕は言った。

あれからずいぶん時間が経った。
たぶん彼女はそんな会話なんて覚えてないだろう。
久しぶりに聴いたけれど、それは今でも良い曲だった。