バンブー


 大学の正門の前には、夜になるとバーに代わるバンブーという喫茶店があって、僕がそこで最後にコーヒーを飲んだのは卒業式の日だった。卒業式には出なかった。理由なんて特にない。もし朝起きたときに冷蔵庫のオレンジジュースが切れていなかったら、出席したかもしれない。そんな程度のことだ。学部の卒業パーティには出た。一番しわの少ないワイシャツを選んで、一着しか持ってないスーツを着て、浮かない色の靴下を履いて、そしてポケットにミントガムを入れて。会場をぐるりとまわる間に、何杯かのビールを飲み、何枚かの写真を撮り、いくつかの電話番号をもらった。最初に居た場所に戻り、もう一周すべきかどうか考えた。あたりを見回してみたが、その必要はなさそうだった。僕は会場を出て図書館へ向かった。一冊だけ返し忘れていた本があったのだ。本を返してしまうともう行くべき場所はなかった。大学はもう僕のいるところではなかった。そして僕はバンブーのドアを押した。なかにはカップルが一組いるだけだった。トマトジュースとチョコレートパフェを2つずつテーブルの上に並べているカップルを見たのなんて、その時が最初で最後だ。きっと人にはわからない理由があるんだろう。僕はトムコリンズを頼もうとしてまだ4時すぎだということに気がついた。バンブーでは5時前にはビール以外のアルコールは出さない。そして僕は、コーヒーを飲んだ。それがバンブーで飲む最後のコーヒーだった。最後のトムコリンズがいつだったのかは、憶えていない。