あのころ彼はよく出張をした。長くはない。二泊三日とか三泊四日とかの短い旅だ。私は決まって夕食の買い物先から電話をかけた。帰ってから食べたいものある?彼はカレーライスとか焼きそばとかコーラとかあるいはチョコレートだとか、子供のようなものばかりを注文して私を微笑ました。 彼はいつもおみやげを買ってきた。名産のまんじゅうだとかクッキーだとか、箱と包紙を入れ替えてしまえば味の区別もつかなくなってしまうようなものばかり。そんなものをうれしそうに渡す姿も子供のようで、私は喜んでそれを受けとった。
 あるとき亀を買ってきた。砂を運んできた強い風が吹いた春のはじめのことだった。亀?と訊くと、彼は笑って、そうとひとこと言った。種類は知らないけれど、小さな丸っこい亀だった。
 亀は今でも生きている。あれからずっときちんと餌を与えているのに、少しも大きくならない。うちにやってきたときにはもう大人だったのかもしれない。最近は寒いせいかじっとしていることが多いけれど、ちょっと暖かい日には石の上で日向ぼっこをしている。そんな亀をじっと眺めていると時がちっとも進んでいない気がしてくる。なにもかもあのころのままだ。彼は明日あたり出張から帰ってくるはずで、そろそろ玉葱を炒めはじめなければならない。おいしいチキンカレーは玉葱の炒め具合が大事だ。ゆっくりと焦がさないように、完全に溶けてしまうまで。大量のタマネギがびっくりするくらい小さくまとまってしまうと、別のフライパンで鶏肉の表面をカリカリに焼く。そしてその鶏肉を玉葱と合わせて水を入れたころ、いつも私は気がつく。彼はもう帰ってはこない。亀だけが私に残されたものだ。