空を飛ぶもの

 技師が手を離すと、ラジオゾンデはかなりのスピードで上昇していった。誰もが風船っていうのはふわふわとゆっくり上がるものだと思っていたから、すこし戸惑っているようだった。子供が「わぁ」と発した言葉のあとにみんな我に返ったように手を叩いたが、その不揃いな拍手もやはり戸惑っているような音を立てた。あるいは、その戸惑いはもうずっと前から始まっていたのかもしれない。ペンシルロケットが消えたときだろうか?確かに、縮尺1/50のただのプラスティックの模型とはいえ、それが消えてしまったことは、ロケットに必要以上の期待と関心を持っていたこの町の人々に戸惑いを与えた。いや、それよりもずっと前からだろうか。気づくと、みんな放心したように気球を見つめていた。この町では誰もが空を飛ぶものに特別の思いを寄せている。たぶんそれはこの町に一羽の鳥もいなくなってしまったことと関係しているんだろう。あれはもう十何年も前の話だ。白い灰が降ってきてしばらくしてからのことだった。甥っ子が僕の手を引っ張って、「ねぇ、あの風船どこまで行くの?」と訊いた。僕は彼を肩車しながら、「ずっと高いところまでさ」と答えた。「僕も行きたいな」と頭の上から声がした。「行けるさ」と僕は言う。大丈夫、きっと行けるさ。ずっと高く、ずっと遠く、どこかの星まで。未来はロケットとお前たちにかかってる。