哲学者の道

 町で噂の哲学者が丘から続く長い一本道を降りていく。道には白い石が敷きつめられているけれど、それはところどころごつごつとしていて哲学者のサンダルの爪先にひっかかった。途中ですれ違った白い山羊を引いた老婆は哲学者の顔をじろじろと見つめ、それから自分の山羊の顔をしげしげと眺めた。町に入ると子供達が寄ってきて哲学者のまわりをぐるぐると回った。哲学者は一歩も立ち止まることなく歩き続けたから、それは土星とその輪のようだった。少なくとも窓から見ていた洗濯女はそう思った。洗濯女は自分もその輪に加わりたいと、大急ぎで外に出たのだけれど、哲学者の姿はどこにも見えない。子供達はもはや白い石畳の道にチョークで絵を描いているだけだった。哲学者は白い道をずんずん歩き、海に出た。そしてカモメに向けてパン屑を投げた。カモメは満腹なのか、パン屑には見向きもしない。哲学者はしばらくカモメを眺め、海に浮かんだパン屑を眺め、自分が歩いてきた白い道を眺めた。それから再び丘に登って哲学を続けた。老婆は山羊を引き続け、子供達は絵を書き続け、洗濯女は洗濯を続けた。もちろんカモメは空を飛び続けた。哲学者の噂はやがて消えた。