空間

「何でも知ってるのね」
「毎晩寝る前にブリタニカの百科事典を読んでるんだ」
「そこに私のことも載ってるの?」
「Jの項まで読み終わったけど、まだ出てこない」
「あなたのことは書いてあったの?」
「僕のことなら、読まなくたってわかってる」
「そうかしら?」
 そう言われてしまうと、僕にはもう返す言葉がなかった。彼女は顔をあげて30センチばかり先の空間をじっと見つめた。僕も同じように何も浮かんでいない空間を見つめた。もちろんどれだけ待っても、そこには何も現れなかった。やはりうまい言葉は浮かばなかった。僕らの間にあるのは、ただ何もない空間だけだった。