オレンジ色の栞

 彼女は、あなたは本を読むときにいつもページを折り曲げているでしょうと言った。それはよくないことなのよ。栞の役割を奪ってしまっているから。そう言った。そのあいだ僕は何も喋らず、じっと彼女の指先を見ていた。きれいに短く丸くカットされた爪は浜辺に落ちている透けそうなほど薄いピンク色をした小さな貝殻を集めたようだった。彼女は、あなたにと言って、手のひらをそっと差し出した。オレンジ色の栞が乗っていた。とてもやわらかいオレンジ色だった。僕にはその栞がワンピースを着た女の子みたいに見えた。栞には栞の役目があるの。彼女はそう言った。それを忘れないでと言った。僕は黙ったまま頷いた。栞には栞の役目がある。それはとても大事なことのように思えた。僕はもう一度彼女の指先を見つめ、それから自分の手の中の栞を見つめた。そうかこのオレンジ色の栞は僕のものなんだ、そう思ったらなぜか涙が一粒こぼれた。オレンジ色の栞を僕は大切にするべきなんだと思い、また一粒涙が落ちた。外では蝉がひどくうるさく鳴いていたが、部屋の中は妙にしんとしていた。もうすぐ夏が終わろうとしている日の午後のことだった。