戸惑う雌鶏

 緩やかな上り坂になっている小道の曲がり角で、僕は「ニャーゴォ、ミャーゴォ」と叫びながらきょろきょろとあたりを見まわしている女の子に出逢った。僕を見つけると、彼女は「雌鶏見ませんでした?」と言った。「雌鶏?にわとり?」と訊き返すと、彼女はこくんと頷いてまたあたりを見まわした。僕も同じように首を左右に動かした。狭い道の右側には背の高い石垣が続いている。陽の当たらない下の方の石には苔がむしていて、ひんやりとした空気を漂わせている。左手には一段低くなった土地にいくつもの古ぼけたアパートが立ち並んでいる。アパートのざらついた屋根瓦は太陽に暖められていて、まるで誰かの昼寝のために用意されたベッドみたいだった。何だか、その間に立っている自分がどちらの世界にも属せずに戸惑っているコウモリみたいに思えた。空を飛べない雌鶏はそんな気分にならないんだろうか。そう思って振り返ると、女の子はいなくなっていた。雌鶏はきっと家出したんだ、と僕はなぜかそう思った。