観念の王国に住むということについて

 窓から差し込む朝の光が細かな塵を浮かびあがらせるように、彼女の言葉は僕の心の小さな不安を目に見えるものにした。今から思えば彼女は観念の王国に住んでいたのだ。僕らが住むこの世界の背中合わせとしての観念の王国。そこはこちら側の世界と何ひとつ変わったところはない。まったく同じつくりをしている。すべてが同じだ。もちろん事物はきちんと存在しているし、手に触れることもできる。にも関わらず、やはりそれは観念の王国だった。一度だけ彼女が言ったことがある。たった一度だけだ。「あなたのこと、好きよ」彼女は観念の王国に住んでいた。