040213

 本州から九州へ渡るローカル線の乗客は7人と1羽の鳩だった。列車はたぶん5両か6両で編成されていたから、全体でいえばもっと多くの人々が乗っていたかもしれない。少なくとも僕が乗り込んだ車両にいたのは7人と1羽だった。

 最初僕は鳩には気づかなかった。発車間際に駆け込み、コートの裾がドアに挟まれていないか確認し、ポケットからハンカチを出して額に滲んだ汗をぬぐった。席はガラガラだったから、どこに座ろうかと探す必要もなかった。それでも一通り車内を見回し、結局一番近いシートに腰を下ろした。

 鳩は突然現れた。窓の外の流れる風景から目を戻したときに、向かいのシートの下で何かをつついていた。僕はひどく驚いてまわりを見回したけれど、他の人々は誰もとりたてて変わった表情を浮かべてはいなかった。新聞を読んだり、やたら大きな声でしゃべったり、居眠りをしたりしていた。視線を戻すと、やはりそこには鳩がいた。鳩もまた、何事もなかったようにせわしなく動きながら床の上をつつき続けていた。誰かがこぼしたパンのくずでも拾っているのかもしれない。左足を少し痛めているのか、ときどき右足だけで立ち止まっていた。

 やがて列車はトンネルへ入り、騒音が少し大きくなった。暗くなったせいか、あるいは腹がくちたのか、鳩は少し体をふくらませてまぶたを閉じようとしている。列車の揺れを感じながらそんな鳩を眺めているのは妙な気分だった。僕は鳩と一緒に海底を移動している。僕らの上には海があり、そのずっと上には空がある。そのことが僕にはうまく想像できなかった。