030712

 僕の前に座った外国人の男はしきりとイラク争の話をしている。隣に座った髪の短い女の子は興味を見せずにシナモンスティックをいじっている。店の中はタバコの煙と暇を持て余した人々の倦怠感に満ちていて僕はなんとなく疲れてしまい、森のことを考える。
 小さな森の中ではツグミが鳴いてて、それはちょっとすっぱい木苺を思い出させる。ツグミと木苺はいつもワンセットで存在する。森を取り囲む広い草原はやわらかな毛足の長い草で覆われている。東には山々の稜線がうっすらと浮かびあがり、西には小さな家々が何軒か寄り添うように立ち並んでいる。草原は平たい石を積み上げて作られた背の低い石垣に囲まれている。石垣は雨にしっとりと濡れて黒みを増している。そこではいつだって静かに雨が降っている
 アイス・カフェ・ラテのグラスの表面に浮かんだ生クリームが壊れずそのまま水平に沈んでいくように、静かにストローを吸うのが彼女の望むやり方だった。グラスの半分ほどまで飲んでしまうと、たいていクリームはグラスの壁面についてしまい白いカーテンを張った。それでも上から覗き込んでクリームのかたちが壊れていないことに満足そうに彼女は笑った。それはしんとした静かな微笑みだった。
 気がつくと外国人の男も女の子も消えていた。森もツグミも木苺もアイス・カフェ・ラテも消えてしまった。残されたのは、テーブルの上にこぼれたミルクとタバコの煙と気怠い空気だけだった。