図書館

 門番は下を向き、僕は階段をのぼった。

 二階の閲覧室に入ると、僕はいつも懐かしい気分になる。階段の最後の一段を上りきるたびに、ずっと小さなころからここをよく知っているような感じがした。いつもそうだ。初めてここに来たときからそうだった。古い本の匂いがそんな気にさせるのかもしれない。
 閲覧室の床にはすっかり色のあせたカーペットが敷かれていた。けばはすっかりとれてしまって、ところどころ摩り切れてしまっている。もとがどんな色だったのか、今では想像することさえ困難なほどだ。この図書館にあるものは何もかもそんな調子で古びたものばかりだった。本が収められているのは今では珍しくなってしまったやたらに重そうな木製の本棚で、閲覧用の机のニスは剥げかけていた。布ばりの椅子のクッションはへたって真中がへこんでいるうえに、やはりところどころ綻びかけていた。何よりも建物自体が一番古ぼけていた。ここで例外的に古びていないものといえば、月に何冊か入ってくる新刊とカウンターに座っているレファレンス係の女の子くらいしかない。
 閲覧室には一階のロビーとは全く違った空気が漂っている。高い天井や壁紙も貼ってない白い壁、隙間の開いた窓枠、叩くと乾いた音がする薄い窓ガラス。そうしたものにも関わらず、ここは常に暖かかった。もちろん窓際の席に座れば隙間風が吹き込んでくることもある。それでも閲覧室は乾いた陽だまりと同じ暖かい匂いがした。季節が変わってもそれは変わらなかった。夏の暑さも、冬の寒さも、この部屋には存在しない。
 閲覧室にいるのは3人だけだった。一番手前のテーブルでは、ヘリンボーンの上着を着た老人がインクの匂いを嗅ぐようにして広げた新聞を読んでおり、2つ離れた席では採れたてのレタスみたいな高校生のカップルが参考書を広げている。老人は生れたときから既に老人であり、高校生はいつまで経っても高校生であるままのような気がした。いつと変わらない土曜の午後の光景だった。僕はペンケースとノートとレモンドロップの入った小さな缶を取り出して鞄をロッカーに入れ、そしてカウンターに向った。
 カウンターにはたいてい2人の女の子が座っている。僕は彼女達が並んでいるのを見るといつも少しだけ混乱した。顔も髪型も服装もまったく違っているのに、僕には2人の区別がつかないのだ。理由はわからない。たとえば、右側の髪の長い女の子はクリーム色のセーターを着ている。左に座ったショートカットの子は白いブラウスに紺色のカーデガンを羽織っている。だけど僕が本を20ページ読み進んで再びカウンターに目を向けた時には、左に紺のカーデガンを着た髪の長い女の子が、右にクリーム色のセーターに髪を短くそろえた女の子が座っている。いや実際にそうなっているわけではなく、僕にはそんな気がするのだ。右の女の子と左の女の子がまるっきり入れ替わってしまったような、そしてそのことに僕だけが気づいていないような、奇妙な違和感が残る。並んで座っている2人を見る度に、僕はまるでどこか遠くで下手なピアノ弾きが調律の狂ったピアノを弾いているのを聞かされているような気分になった。