021004

向いのビルの9階にはスポーツ・クラブが入っていて、僕が泊まった部屋からはそれがよく見えた。僕は天井のライトを消してベッドサイドの小さな照明をひとつ点けていただけだったし、向こうはたくさんの蛍光灯で白く眩しく輝いていた。まるで運命のいたずらで億万長者と貧しい農夫に引きとられて別々に育てられた双子のように対象的だった。どちらが幸せなのかは誰にもわからない。

 スポーツ・クラブの窓際にはエアロバイクが一例に並べてられていて、そのうしろではエアロビクスが行われているようだった。バイクはすべて埋まっていたし、奥ではとてもたくさんの足がステップを踏んでいた。真夜中に実に多くの人々が真剣に運動をしていることに僕は少し驚いた。

 窓にはどういうわけか上半分に白いフィルムが貼られていた。そちらのほうがうまく運動に集中できるのかもしれないし、単に外からの視線を遮るためなのかもしれない。あるいはその両方なのかもしれない。いずれにせよそのフィルムのせいで、見えるのはバイクにまたがった人々の腰から下だけだった。僕はくるくると回る何本もの足を見ながらビールを飲んだ。ビールは冷えすぎていて味がしなかった。

 しばらく眺めているうちに彼らの足の動きが完璧に揃っていることに気がついた。それは奇妙な光景だった。すべての足が同じペースで同じ軌跡を描いている。そういうふうに機械が設定されているのかもしれない。僕はもう一口ビールを飲んだ。

 エーゲ海を船が進む。青い空に風はない。紺碧の海に波はない。何本もの長いオールを船側から突き出し船は進む。船底ではたくさんの男が二列に並び一糸乱れぬ動きに汗を流す。オールは回り、船は進む。船底の男達は行く先を知らない。監督の掛け声に合わせてオールをこぐだけだ。海を割り、船は進む。白いガレー船、おまえはいったいどこへ行くのだ。

 僕はライトを消しベッドにもぐりこんだ。ビールは最後まで味がしなかった。