020811

 暗闇の中で目をさましたとき彼女は泣いていた。

 僕はまだ覚醒しきってはいなかったし波の音は規則正しく続いていたから、押し殺したようなしゃくりあげる音がなければ彼女が泣いていることにはたぶん気づかなかった。

 僕は目を開けたまま暗闇の中でじっとしていた。空はまだ厚い雲で覆われているようで、カーテンのない窓には月の光も星の光も差し込んではいない。眠っていたときと同じ姿勢で天井を眺めながら、こういう場合いったいどうすればいいんだろうと考えた。僕の頭の上には誰かが干したTシャツが浮かんでいて、その上には天井の太い梁があるはずだったが、暗闇に目が慣れてきてもそれはぼんやりとしか見えなかった。

 彼女はまだ泣き続けていて、良いアイデアは何も浮かばなかった。目を覚ましているのが僕だけなのか、それとも僕と同じように黙ってじっとしている人間が他にもいるのかわからない。彼女に声をかけるべきかどうかもわからない。こんな夜中に泣いている理由もわからない。怖い夢でも見たのかもしれないし、昔のつらい出来事を思い出したのかもしれない。

 結局、僕は彼女に声もかけず、ぼんやりとした天井をただじっと眺め続けた。

 彼女のしゃくりあげる音はしだいに小さくなり、間隔が長くなり、そして止んだ。耳に入るのは波の音だけになっても、僕の目は同じように天井に向けられていた。そんなに長いこと天井を見つめたのははじめてのような気がした。

 誰かの寝息が聞こえてきて、僕もいつのまにか眠った。夜明けにひどく寂しい夢を見たような気がする。