彼のレモンドロップ

 右のポケットにはレモンドロップが入っていて、左のポケットには薄い本が1冊入っている。いつもの彼のスタイルだった。人に会うと、まずレモンドロップを勧める。それから自分でもひとつ取り出して口に放り込む。挨拶みたいなものだ。「やあ、気分はどうだい?」「まあまあってとこだね。君は?」レモンドロップの薄い黄色を太陽に翳してみれば、そんな会話が詰め込まれているのが見えたかもしれない。それから彼は口の中でカラカラと音を立てながらドロップを転がし、本を広げる。それはケルアックだったり、ニーチェだったり、手塚治虫だったりした。僕の見たところ、彼は4分に1個のペースでレモンドロップを口に入れ、3分に2ページの速さで本を読んだ。ヴィトゲンシュタインだろうが赤川次郎だろうが、彼は3分に2ページずつ読み進んでいった。ページをめくるごとにカラカラという音が彼の口の中から聞こえた。一度彼に訊ねたことがある。「レモンドロップと読書の間には何か関係があるんだろうか?」彼はしばらく考え込んでいたが、「ないね」とだけ答えて、また本を読み始めた。あとは時々カラカラという音がするだけだった。