バートランド・ラッセル的な結婚

 「もちろん1327年にはバートランド・ラッセルは存在していなかった。彼が生まれるのはもっとずっと後のことだ。にもかかわらず、1327年のイタリアはバートランド・ラッセル的なものに満ち溢れた年だった。トスカナ地方の修道士たちの間では数字を使ったパズルが流行り、やがてそれはイタリア全土に広がった。彼らはパズルを解くのに飽きると、今度はパズル作りに熱中した。優れた作品が多く作られ、それらのいくつかは現代にも残っている。完全なパズルを作ることが神に近づくことだと考えられた。礼拝では『神とは秩序であり、秩序とは数字である』と謳われた。もちろん人々はそれに従った。1327年のイタリアでは、すべては数のもとにあった」
 僕はそこまで話すとグラスの水を一気に飲み干した。水はもうすっかりぬるくなっていた。
 「ふうん。それで?」と彼女は言った。「それが私たちの結婚とどういう関係があるの?」
 僕は水のお代わりを頼もうとウェイトレスをさがしたが、どういうわけかウェイトレスはひとりも見あたらなかった。
 「だけど結局のところ、完璧なパズルなんて完成されなかった。誰もそもそも完璧なパズルがどういうものか知らなかったんだ。知らないものをつくりあげることができる人間なんてどこにもいない。そんなことができるのは神様だけだ。もちろん神様がいればの話だけど」と僕は答えた。
 ひどくのどが渇いていたが、僕のコップは相変わらず空っぽだった。