マリンバ男4

 噂を聞いたのは岩ツバメの巣を取りに行く途中だった。僕を見つけたタンバリン男が寄ってきて教えてくれた。「マリンバ男のこと、聞いたかい?」と彼は言った。僕は黙って首を振った。「ここを出て行くらしいんだ」タンバリン男はいつもとまったく同じ調子でタンバリンを叩きながらそう言った。僕はそんな質問には意味がないことを知りながら、「なぜ」と訊いた。これまでにここを離れたマリンバ男などいない。マリンバ男はマリンバ男でなくなるまでここに居続けるのだ。それは太陽が東から昇るのと同じことだった。誰も疑ったことはない。タンバリン男は黙ってタンバリンをシャカシャカと鳴らした。彼にも僕の質問が無意味なことがわかっているんだろう。「今度の満月の夜らしい」タンバリン男はそう言って、タンバリンを叩くリズムを少しだけ変えた。「どこへ行くんだろう」と訊こうとして、僕は言葉を飲み込んだ。そんな質問はもっと無意味だった。タンバリン男がそんなことを知っているわけがない。タンバリン男だけじゃない。誰だってこの町の外に何があるかなんて知らないのだ。僕はタンバリン男と別れて歩き出した。「マリンバ男はどこへ行くんだろう」とひとりでそっと呟いてみた。小川の向こう岸では早咲きの菜の花が何本か揺れていた。