マリンバ男3

 「かわいそうなフルート男」と僕が呟くと、マリンバ男はマリンバを叩きながら「かわいそうなフルート男」と唄った。そして最後の鍵盤をポロンと叩きながら涙を一粒こぼした。僕がハンカチを差し出すと、マリンバ男は默って首を振り、歩きだした。彼はいつだって余計なことはしゃべらない。ガラガラと音をたてながら歩いていくマリンバ男は少しずつ小さくなっていき、やがて森の陰に吸い込まれた。薄い緑色に変わりつつある木々の葉は、僕らがまもなく春を迎えることを知らせていた。これまでの例に従えば、マリンバ男がマリンバ男でいられるのもあとわずかだ。そのとき彼はどうするんだろう。僕にはわからない。たぶん彼にもわからないはずだ。マリンバ男であることを辞めたマリンバ男がどうなるのか知っている者は誰もいない。それまでのマリンバ男に関する記憶はすべての人々から消えさってしまう。あとに残るのは「あの」マリンバ男や「この」マリンバ男ではなく、マリンバ男一般についてのうっすらとしたイメージだけなのだ。いつもそうだ。そのときマリンバ男はどうするんだろう。