追いかけっこ

 公園の芝生に寝そべる僕のすぐ傍らを猫が駆け抜けていったのは午後3時23分のことで、女の子がやってきたのはそれから5分後のことだった。僕は相変わらず寝そべったままだったから、女の子は僕の顔を見下ろす格好になった。きれいな女の子の顔を下から見上げるのはなかなか素敵な気分だった。「ねぇ、猫を見なかった?」と彼女は訊ねた。「一匹向こうの方に走って行った猫がいたよ」と言うと、彼女は「どんな猫だった?」と再び訊ねた。「三毛猫」と僕は答えた。彼女は「たぶんそれね」と言って、ひとりでうんうんと頷きながら歩き去った。
 それから8分後に男がやってきた。「君、女の子を見なかったかい?」と訊かれたので、僕は「さっきひとり見かけたけど」と答えた。男はあたりを窺いながら「どんな女の子だった?」と訊ねた。「猫を追いかけてた女の子」と教えると、彼は「やはりそうか」と呟いて足早に立ち去った。その間僕はずっと寝転がったままだった。
 3分経った時に太った中年の女性がやってきて、「ちょっとあんた、探偵を見かけなかった?」と怒鳴った。「猫と女の子と男の人なら見かけだけど」と言うと、彼女は「それだわ」と大きな声を出し、日傘を振り回しながらドタドタと走っていった。
 それから30分ほど経った頃、先ほどの3人と1匹がやってきた。みんな楽しそうに笑いながら、寝ころんだ僕の側を通り抜けていった。もう僕に何かを訊ねる者はいなかった。立ち上がると芝生の上に長く伸びた影が落ちていた。