昼食が遅かったせいでまったく腹は減らず、ぐるぐると街を歩き続ける。入る気もないレストランやパブを冷やかしながら歩くのはなんだか楽しい。こないだまで冬だったのにすぐ夏がやって来る。春はあっという間に終わった。いや、そうではなくて、あっという…

青空と

やたらと飛行機雲ができる日だった。 明日は雨なのかもしれない。

夜風

街角のパブ 夜中にパソコンと向き合う。 眠気覚ましのために少しだけ開けた窓から冷たい空気が流れ込んでくる。飲む気もないけれどショットグラスに注いだウイスキーが風に揺らいで時々匂いをたてる。デスクに置いたコーヒーの木の葉が揺れる。何年も前に行…

午前3時のふたり

ふたりで2時間ほど飲んで、次どうしようかといいながら歩く。 酒を出す店はどこも閉まっているしコーヒーを飲めるところすら開いていない。30分ほど歩きまわって疲れたところで、知り合いが飲んでいるというのでそちらに合流する。 そこから2時間ほど経った…

思い出せないこと

久しぶりに雨が降った。 僕の仕事部屋は10階にあって眼下に割と大きな緑地が広がっているのが見える。水たまりができるほどには雨脚は強くない。遠くには山の斜面に建った家々の屋根が霞んでいる。 この2ヶ月ほどずっと忙しく、いい加減疲れた。疲れたとい…

小鳥

しばらく眺めていたけれどその小鳥はまったく動かず、もしかしたらオブジェなのかと思い始めたころ、見えない糸に引っ張られるように飛んでいった。 僕の方は一度も見なかった。 ただ僕が一方的に見つめているだけだった。

子どものころ、涙がうまくコントロールできなかった。緊張しては涙が滲み、退屈なときになぜか一粒涙がこぼれた。床屋の古ぼけたいすに座った瞬間に涙が出てきて驚かれたこともあった。涙は規則性もなく出てきた。 今から思えば涙がコントロールできなかった…

嵐が来るのよ、と彼女は言った。 天気予報にはそんなことは出ていない。僕がそう言うと、彼女はしばらく黙って僕の顔を眺めたあとに、あなた何もわかってないのねと言った。 たしかに僕は何もわかっていないのかもしれなかった。仕方なくビールを飲もうとし…

雨上がりの日

3日ほど雨が続いたあとに秋がやってきた。 まだぼんやりとしたかたちでゆらゆらと揺れていたけれど、それは間違いようもなく秋だった。 そうして僕の眠りは少しだけ深くなった。

偽物

スターバックスでいつものようにドリップコーヒーを頼む。 アルバイトの女の子がこんなに暑くてもホットコーヒーなんですね、とにこやかに話しかけてくる。 アイスコーヒーは苦手で、と僕は答える。なんか偽物っぽくて。 そう言うと、女の子は少し戸惑って、…

雨と猫と僕

ジョギングの途中で雨に降られて屋根付きのベンチで雨宿りをしている僕の足もとを猫が横切って行った。 雨も僕も存在していないような歩き方だった。

孤独

ときどき、ひとりになりたくなった。ひとりの時間がほしいとか、誰とも話したくないとか、そういう次元ではなく、ひとりになる願望に強く襲われた。 家族も肉親もおらず、親しい友人も同僚も持たず、誰とも繋がっていないような本当の孤独に憧れた。いや、本…

偽物

夜を行く 照明もつけずに暗い部屋の小さなソファに座っていた。 部屋に入る前に、少しばかり長い散歩をした。 川沿いの道を歩き、川原に降りてみたり、橋の上から水面を覗きこんでみたり、新しい店の灯りを見つけて寄っていってみたり、ときどき立ち止まって…

降りかかる花びら 今日は月がきれいですね、というメッセージが届く。 窓を開けると冷気が体を包み込む。 テラスにはくっきりした月影がある。 月を探してしばらく眺める。 反対側には北斗七星が輝いている。 ほんとに月がきれいだねと返した僕のメッセージ…

光射す海

光射す海 結局のところ、彼女は僕を求めているわけではなかったし、僕も彼女を求めていたわけではなかった。ふたりとも何かの隙間を埋めるためのささやかなぬくもりが欲しかっただけなのだ。そして、そのことに気づかないふりをしていただけだった。 それで…

はじまりとおわり

線路 僕たちの恋は1月6日に不意に始まり、2月10日に突然終わった。 それは恋とも呼べないものだったのかもしれない。

嫌いなもの

羊 嫌いなものはたくさんある。歯医者、半袖のワイシャツ、アイスコーヒー、そして噛み合わないままに進んでいく会話。 激しい雨の音で目が覚める。 眠りから現実に戻ってくるまでのほんの短い間に何かを思った気がするけど、それはアスファルトに落ちた雪の…

彼女の話

bar ソファで寝てしまって2時過ぎに目が覚め、それから上手く眠れなくて結局ずっと起きていたせいで夕方に仕事が終わるころにはくたくただった。 携帯にメッセージが届いた時には僕はすでにうとうとしていて、手に持っていたはずの本はソファの傍らに落ちて…

沈黙

島の家々 「久しぶり、最近どう?」と僕は訊いた。 彼女は「入院してるんです」と答えた。 「いつから?」「3週間くらい前」 そっか、と僕は言った。それ以外の言葉が浮かばなかった。 そのまま何十秒かが過ぎた。シベリアの冬みたいに長い沈黙だった。僕の…

午前4時の目玉焼き

古い墓、羊、緑 今日買ったばかりの本を読んでいる。目を上げると4時を過ぎている。それでも夜明けはまだ2時間ほど待たなければやってこない。 冷蔵庫を開けて中を覗く。卵を取り出して少し考え、結局、目玉焼きにする。 フライパンを熱し、油をひいてさら…

めくるめく、めくる

まだ読んでいない本を並べている棚から一番分厚い本を取り出して読もうと思う。連休だし。天気がいいし。なんて思うけれど、本当は連休とも天気の良さとも関係がないことはわかっている。勝手に理由をつけているだけだ。 何年も前に古本屋で買った本からはチ…

風邪

目が覚めるのと同時に風邪をひいてしまったのがわかった。鼻の奥の方に嫌なにおいが漂っていたし、喉に何かが張り付いているようだった。紅茶を飲んでも熱いシャワーを浴びてもそれは取れず、諦めて気づかないふりをすることにした。 午前中の仕事が終わるま…

薄暗い部屋

薄暗いビジネスホテルの部屋は気が滅入る。狭さはほとんど気にならないけれど暗さはどうにもいけない。 仕事をする気にも本を読む気にもなれず、ベッドの上で壁にもたれてぼうっとする。 いつの間にか眠っていたようで、首が痛くて目がさめる。 空気を入れ替…

こないだ見た空

この冬何度目かの雪が降る。 窓の外に重なっていく厚みを見ながら遠い空を思い出す。 時が過ぎていく。

レイトショー

レイトショーには、僕のほかには2人の客がいるだけだった。 平日の夜で、外はひどい雨が降っていた。 ポップコーン売り場の女の子は暇を持てましてくるくるまわる機械を眺めていた。ソファに座った僕も同じようにいつまでもまわり続ける機械を眺めていた。…

日曜の夕方

日曜の夕方がわりと好きなんだけれど、彼女にとってはたぶん消えてしまいたいほど嫌なんだろう。連絡しようと思うけれど、どんな風に声をかければいいかわからなくて、ぼんやりと考えながら遠い国のラジオなんて聞いている。言葉はほとんど聞き取れないけれ…

空港

空港が好きだ。特にセキュリティチェックを抜けて搭乗を待つ時間が。

日暮れ前

熱が出て昼間からベッドに入っている。天井を眺めながら、僕の部屋ではない気がしている。部屋どころか自分自身ですら、僕のものではないように感じる。でも思い起こせば、それは10代の頃からずっと続いてきたことだった。

石の上の花

アイルランド/石の上の花

逃げる

夜の街を歩く。ときどき思い出したように小さな雨粒が落ちてくる。 ずっと開けないメールがあることを思い出す。小さな子どものように目の前から消えてしまうことと無くなってしまうことが同じだと思えたら楽だろうなと思う。 相変わらずいろんなものから逃…