沈黙

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島の家々

「久しぶり、最近どう?」と僕は訊いた。

彼女は「入院してるんです」と答えた。

「いつから?」
「3週間くらい前」

そっか、と僕は言った。それ以外の言葉が浮かばなかった。

そのまま何十秒かが過ぎた。シベリアの冬みたいに長い沈黙だった。僕の口から出たそっかという言葉だけが空中に残ったまま行き場もなく漂っていた。

午前4時の目玉焼き

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古い墓、羊、緑

今日買ったばかりの本を読んでいる。目を上げると4時を過ぎている。それでも夜明けはまだ2時間ほど待たなければやってこない。

冷蔵庫を開けて中を覗く。卵を取り出して少し考え、結局、目玉焼きにする。

フライパンを熱し、油をひいてさらに熱する。そこに卵を落とす瞬間が好きだ。

卵に火が通る間に本を読む。

午前4時の目玉焼き。

外ではしずかに雨が降っている。

めくるめく、めくる

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まだ読んでいない本を並べている棚から一番分厚い本を取り出して読もうと思う。連休だし。天気がいいし。なんて思うけれど、本当は連休とも天気の良さとも関係がないことはわかっている。勝手に理由をつけているだけだ。

何年も前に古本屋で買った本からはチョコレートみたいな匂いがする。

日の当たる場所に椅子を引っ張っていく。 600ページを越える本の重さが心地いい。

風邪

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 目が覚めるのと同時に風邪をひいてしまったのがわかった。鼻の奥の方に嫌なにおいが漂っていたし、喉に何かが張り付いているようだった。紅茶を飲んでも熱いシャワーを浴びてもそれは取れず、諦めて気づかないふりをすることにした。

午前中の仕事が終わるまではうまくごまかせていたけれど、新幹線に乗った途端に20歳くらい歳を取ってしまったような気になった。乗り換えを入れると、これから5時間以上も移動しなければならない。そんなに長いあいだ狭い車両に閉じ込められるのは考えただけでもうんざりすることだったが、すぐにだるさの方が勝って眠ってしまった。

それから目が覚めるごとに体は熱っぽくなっていった。むかし理科の授業で習った100m下るごとに規則正しく気温が上がっていく法則でも働いてるみたいだった。そんなことを思いついて、またすぐに眠くなってしまう。その繰り返しで2時間ほどが過ぎた。

乗り換えるために降りた駅は人が多くて5メートルおきに誰かにぶつかりそうになる。たぶん僕がふらついてるんだろう。

唐突に、昔のことを思い出す。どこかで同じことがあった気がする。それがデジャヴなのか薄れた記憶なのかすらよくわからなくて頭がぐるぐるする。

薄暗い部屋

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薄暗いビジネスホテルの部屋は気が滅入る。狭さはほとんど気にならないけれど暗さはどうにもいけない。

仕事をする気にも本を読む気にもなれず、ベッドの上で壁にもたれてぼうっとする。

 いつの間にか眠っていたようで、首が痛くて目がさめる。

空気を入れ替えたいと思うけれど、どうせ窓は固定されてるんだろう。新鮮な空気を吸うことすら許されない夜はただ寂しい。