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降りかかる花びら

今日は月がきれいですね、というメッセージが届く。

窓を開けると冷気が体を包み込む。

テラスにはくっきりした月影がある。

月を探してしばらく眺める。

反対側には北斗七星が輝いている。

ほんとに月がきれいだねと返した僕のメッセージに、まだ返信は来ない。

 

光射す海

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光射す海

 結局のところ、彼女は僕を求めているわけではなかったし、僕も彼女を求めていたわけではなかった。ふたりとも何かの隙間を埋めるためのささやかなぬくもりが欲しかっただけなのだ。そして、そのことに気づかないふりをしていただけだった。

それでも僕はそれなりに傷ついたし落ち込みもした。そんな喪失感は今までだって何度も感じてきた。今回が特別なわけではない。いつもそうだ。いつも僕はひとりで残される。

たまらなく誰かと話がしたかったけれど、その相手さえいない。それもいつもと同じだった。

もう何十回読んだかわからない本を開く。それが痛みを和らげる一番簡単な方法だった。僕は孤独と喪失感を紛らわせることに関してはベテランなのだ。ちっともうまくならないけれど。

嫌いなもの

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嫌いなものはたくさんある。歯医者、半袖のワイシャツ、アイスコーヒー、そして噛み合わないままに進んでいく会話。

激しい雨の音で目が覚める。

眠りから現実に戻ってくるまでのほんの短い間に何かを思った気がするけど、それはアスファルトに落ちた雪の最初の一粒のように消えていった。

 

彼女の話

 

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bar

ソファで寝てしまって2時過ぎに目が覚め、それから上手く眠れなくて結局ずっと起きていたせいで夕方に仕事が終わるころにはくたくただった。

携帯にメッセージが届いた時には僕はすでにうとうとしていて、手に持っていたはずの本はソファの傍らに落ちていた。

「いま忙しいですか?」というメッセージに「いや忙しくないよ」と返信して時間を確認すると、21時を少し過ぎていた。

このまままたソファで寝てしまいそうな気がして、僕は歯を磨き、バスタブに湯を溜はじめた。それから床の小説を拾い上げて3ページばかり読んだところで、またメッセージが届いた。

「無理だと思うけど・・・」と彼女は書いていた。「これから出てこれたりしませんよね」と続いていた。

「どうしたの?急用?」と返信して、僕は本を閉じて少し考える。彼女のことを僕はよく知らない。僕に急な用事ができそうなことも思いつかない。

僕はまた本を開いて続きを読もうとしたが、文字を追おうとするたびに何かが頭の隅を横切って邪魔をした。諦めてページを閉じたところで再びメッセージが届いた。

「ごめんなさい、急すぎますね」

少し考えて「どこに行けばいい?」と送って、僕は洗面所に行き顔を洗った。風呂の湯を止め、ストーブを消した。スニーカーを履いたところで携帯が鳴った。

駅で会った彼女はにこにこしていて僕は少しばかり拍子抜けする。

「どうしたの?」と尋ねる僕に彼女は「ごめんなさい」と答えた。

「飲んでる?」

「うん」

 週末の街は人が多くどの店もいっぱいだった。駅から少し外れた小さなバーに僕たちは入った。

入口近くのカウンターでは若い女の子がふたり、愚痴をこぼし合っていた。反対側では中年の男が表情のない女を口説いていた。何週間も留守にしていた部屋の冷蔵庫のドアを開けてしまったような気がした。

彼女はよく喋った。とりとめもなく話は続いた。迷子が狭い路地をぐるぐる回るような話だった。僕はときどき相づちを打ちながらビールを飲んだ。ビールを飲み終わるとウイスキーのロックを頼んだ。そのお代わりを飲み終わっても彼女の話は続いていた。たぶん要約すれば30秒で終わりそうな話だったが、僕は聴き続けた。

ウイスキーの二杯目が空になり皿に残っていたピーナッツの最後の数粒を眺めていると、彼女は突然黙った。顔を起こすと、彼女もピーナッツを見つめていた。

しばらく黙ったあとに彼女は言った。

「わたし、明日誕生日なんです」

僕は「おめでとう」と言った。

時計はあと5分ほどで日付を替えようとしていた。

「少しだけ早いけど」と僕は付け加えた。

「それで、」と僕は言った。「少しは気持ちは軽くなった?」

彼女は少しだけ笑った。そして「ぜんぜん」と言った。

それから急に真顔になって「ごめんなさい」と言った。もう何度目かわからないごめんなさいだった。

「そっか・・・」と僕は言った。「どうしたらいいかな?」

「もう一回おめでとうって言ってくれますか?」と彼女は答えた。

「誕生日おめでとう」と僕は言った。

日付がちょうど替わったところだった。

「ありがとう」と彼女は言った。

そして静かに泣き出した。